大谷佳子
翔泳社
本の詳細
介護老人保険施設を利用している田中さん(76歳、男性)に生活相談員がリハビリに行くように声をかけています。
生活相談員「おはよう」
田中さん「おはよう」生活相談員「さあ、今日も張り切ってリハビリ行きましょう」
田中さん「もう身体痛くて行けないよ」生活相談員「リハビリやって早く治さないと家に帰れませんよ」
田中さん「誰も待っていないよ」生活相談員「でも、息子さん夫婦からもくれぐれもリハビリさせてくださいって頼まれているし・・・・・・。息子さんたちにも心配かけちゃいますから、リハビリには行きましょうね」
田中さん「だから、身体が痛くて行けないって言ってるじゃないか!」
生活相談員「痛い痛いって言ったら、リハビリが進みませんよ。痛いと思うから痛いんです。大丈夫、すぐに治りますよ」
田中さん「うるさい!」
事例1 「空回り」の改善例
生活相談員は、熱心にただし一方的に、利用者の田中さんにリハビリに行くように声をかけていました。そこにコミュニケーションの視点が抜けてしまったため、生活相談員の熱意が空回りしていまい。その結果、リハビリを拒否されてしまったのです。田中さんが訴えているのは、身体の痛みだけではありません。自分のつらい気持ち、そしてリハビリに対する不安な気持ちをわかってもらいたくて、「身体が痛い」と訴えているのです。その気持ちを受けいれて、共感を示すことが求められるでしょう。
「痛いと思うから痛いのですよ」という生活相談員の言葉は、「痛いのはあなたの思い込みでしょ」と言っているようにも聞こえます。田中さんの訴えを否定しないで、まずはしっかりと耳を傾けましょう。田中さんの痛みやつらい気持ち、不安を受けとめながら、田中さんが自らリハビリに取り組んでいこうとする気持ちを高めていくことが大切です。
生活相談員「田中さん、おはようございます」
[相手の名前を呼んで、丁寧な挨拶]田中さん「おはよう」
生活相談員「今朝は冷えますね。部屋は寒くないですか」
[雑談とクローズド・クエスチョン]田中さん「寒くないよ。ありがとう」
生活相談員「今日の身体の調子はいかがですか?」
[オープン・クエスチョン]田中さん「この前のリハビリがきつかったから身体がまだ痛いよ」
生活相談員「まだ身体が痛むのですね。それは、つらいですね」
[繰り返しと共感]田中さん「痛いって言っても、仕方ないけどね」
生活相談員「田中さんは痛くても、そうやってがまんしていたのですね。よろしければ今日、私も一緒にリハビリに行って、担当の先生に痛みについて相談してみましょうか?」
[言い換えと励まし]田中さん「それなら、今日もリハビリに行ってみるか!」
本書は、コミュニケーション技術だけでなく、関連する心理学の知識や、近年注目されているスキルについて知ることができます。読み物として、初めから通して読んでもよいでしょう。
第1章:コミュニケーション力を高めるための考え方を紹介しています。
第2〜4章:聴き上手になる技術、伝え上手になる技術、共感上手になる技術とともに、関連する心理学の知識を紹介しています。
第5章:近年、対人援助の現場でも注目されているコーチングやアンガーマネジメントなどのスキルを紹介しています。
目次
はじめに
こんなコミュニケーションになっていませんか?
本書の技術を使えばこう変わる!
本書の活用方法
ワークシートのダウンロード方法
第1章 対人援助職としてのコミュニケーション力を高めよう
- 対人援助の専門家としてのコミュニケーション
[Column] コンセプチュアル・スキル
- 援助職として大切にしたいこと〈マインド〉
- 気持ちを表現する方法〈テクニック〉
- テクニックを使いこなす実践力〈スキル〉
[Column] ラポールの形成
[Column] 対人関係は職場ストレスの原因
第2章 聴き上手になる技術
Worksheet(ワークシート) [ダウンロード対応]
「聴く力チェックリスト」
- 話しやすい雰囲気をつくろう
- 先に挨拶しよう
- リラックスしてもらおう
- 自由に話してもらおう
Worksheet(ワークシート) [ダウンロード対応]
質問の言い換え(1)
質問の言い換え(2)
- 聴きたい気持ちを表現しよう
- 言葉を遮らないで聴こう
- 気持ちのトーンを合わせよう
[Column] 会話の2つの構成要素
- 相手の話す意欲を高めよう
- メッセージを共有しよう
- 聞きっぱなしにしないで確認しよう
Worksheet(ワークシート) [ダウンロード対応]
要約
- 沈黙も大切にしよう
- 意見や助言はやめよう
[Column] 「はい、でも」ゲーム
- 自由に感情を表現してもらおう
- 表現は感情と一致させよう
- 隠された本音を理解しよう
- その人の空間を大切にしよう
[Column] ヤマアラシのジレンマ
[Column] 話を聴く時間
第3章 伝え上手になる技術
Worksheet(ワークシート) [ダウンロード対応]
「伝える力チェックリスト」
- 第一印象をよくしよう
[Column] フィーリング・グッド効果
- 相手に聴く準備をしてもらおう
- 理解しやすい構成で伝えよう
- 伝わったかどうか確認しよう
[Column] 「言っている意味はわかる?」は心に重くのしかかる言葉
- 「誰が」「何をする」をはっきり言おう
- あいまいな表現は具体的に言い換えよう
- 声の大きさや印象をコントロールしよう
- ペースとトーンを意識しよう
- 話し方に変化を持たせよう
- 聴き手を観察しよう
[Column] NLP(神経言語プログラミング)の活用
- 相手本位で考えよう
- 論理的に伝えよう
- 納得できるように説明しよう
- 了解してもらえるように依頼しよう
- 聞いてもらったことに感謝しよう
[Column] ポジティブな表現
[Column] 話すことと書くこと
第4章 共感上手になる技術
Worksheet(ワークシート) [ダウンロード対応]
「共感する力チェックリスト」
- 心の動きに注目してみよう
- 自分のなかの先入観と向き合おう
[Column] ステレオタイプ
- 思い込みから離れてみよう
- 相手を基準において理解しよう
[Column] 想定された類似性
- 相手をありのままに受け入れよう
[Column] 非審判的態度の原則
- 相手の心の支えになろう
- 相手の感情を把握しよう
[Column] アンビバレンツ
- 共感を効果的に伝えよう
- 共に感じたら、共に歩き出そう
- 共感できないときは振り返ろう
[Column] シャドウの法則
- 共感がつらくなったら距離を置こう
[Column] マインドフルネス
- 共感から援助につなげよう
[Column] ナラティブ・アプローチ
- 相手に気づきや、変化をもたらそう
[Column] レジリエンス
Worksheet(ワークシート) [ダウンロード対応]
肯定的な意味を見出すリフレーミング
第5章 押さえておきたい援助職のヒューマン・スキル
- 面接でのコミュニケーション技法
- 心の問題を抱えている人へのカウンセリング
- 自己決定を支援するためのコーチング
- 部下・後輩を育てるためのスーパービジョン
- 歩み寄るためのアサーション
- 怒りをコントロールするアンガー・マネジメント
[Column] アンガー・マネジメントのテクニック〈短期的な対処術〉
おわりに
大谷佳子
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